猿の手


 知らないという人がいたので、今日はあらすじも兼ねて。
 ただし、調べてみたところ色々あるようですので、私の知ってる「猿の手」の一例であるイギリス人夫妻の話をします。ただし、主要な部分以外は私の創作です(物語とその流れは合ってる)

○イギリスのある町に、夫婦が住んでいました。夫婦と言ってももう一人息子は働き始めて何年も経っているような年齢で、二人は息子の仕送りで生活をしていました。
 けして裕福な暮らしではなかったですが、贅沢をしたいとも思わなかったので、困りはしませんでした。ただ、この間大きな地震があって納屋が崩れてしまい、それを修理するのに10ポンドだけ欲しいと思っていたところでした。
 そんなある日、家の門と叩く人がありました。インドの方からやってきたというその男は貧しい身なりで、食べ物を恵んでほしいと言います。
 夫妻はいい人でしたので、食べ物を分けてあげました。すると男は「お代のかわりに」と言って、奇妙に筋くれ立った手のような物を差し出しました。
 これは猿の手と言い、3つの願い事をかなえる道具だ、と男はそう説明して消えていきました。
 夫妻は半信半疑だったものの、とりあえず言ってみるだけならタダだということで、「10ポンドのお金が欲しい」と言いました。すると猿の手は奇妙にねじれて床に転がり、すぐに元に戻りました。
 それ以上は何事もなく、夫妻はただの冗談だったと合点して、それから手のことは忘れてしまいました。





 ところが数日後、保険会社の人がきました。夫妻が用件を尋ねると、保険会社の男は夫妻に小さな包みを渡して、こう言いました。
「数日前に息子さんが、馬車に轢かれてお泣くなりになられました。これは保険料の10ポンドです
 と。
 夫婦は瞬時に猿の手が願い事をかなえたのだということを理解し、絶望しました。二人の軽はずみな発言が、今を盛りに生きる大事な息子の命を奪ってしまったのですから。
 夫婦の爺さんの方は、この呪われたアイテムを早々に処分しなければ、と思いました。しかし爺さんがそれを言うよりも早く、彼の妻である婆さんが猿の手を握り震える声で言いました。

「息子を生き返らせてください」

 爺さんが静止する間もなく婆さんが言い切ると、猿の手が奇妙に捻れて婆さんの手から落ち、床に転がりました。
「これであの子が帰ってくるわ」
 婆さんはただそれだけのことしか考えていないように、満面の笑みを浮かべるのでした。
 ただ、爺さんは恐怖しました。これは必ず代価を要求するアイテムだ。それも、幸運ではなく不運によって願いをかなえる、最悪の。
 きっとよくないことが起こるとは思いましたが、願い事を言ってしまった後では後の祭りだと思い、何もしませんでした。

 その日の夜。
 町がシン、と静まり返った真夜中に、夫妻の家の扉を叩く者がいました。不意の来客に夫婦は誰だろうと寝ぼけ眼に困惑していましたが、やがて婆さんが顔を輝かせ、
「あの子よ! あの子が帰ってきたんだわ!!」
 そう言って寝巻きの上に何か羽織ることすら忘れて、玄関まで迎えに行こうとしました。
 その時爺さんは、何かとてつもない不安に駆られました。そして寝台の上に置かれたあのおぞましい「猿の手」が目に入った時、妻の願いとその代価が必ず不幸を呼ぶと核心したのです。
 まだ部屋には婆さんが廊下を歩く音が聞こえてきます。まだ間に合う、と思った爺さんは咄嗟に猿の手を握り、叫びました。
「あの来客を部屋に入れないでくれ!」
 猿の手は奇妙に捻れて爺さんの手から零れると、床に転がってドロドロに溶けてしまいました。
 爺さんはそんな物には目もくれずに部屋を飛び出すと、自分の願いの結果を確認しに行きました。
 そして恐怖と焦りの中で玄関まで行った爺さんの見たものは、開け放たれたままのドアだけでした。
 そこには誰もおらず、ただ夜の闇が四角く区切られて一人になった家の静寂を強調しているのでした。




 という話です。
 善人が必ずしも幸福になるものではなく、上手い話には裏がある。そして良かれと思ってやったことが更なる不幸を生む、と童話全てに喧嘩を売ったような反骨精神溢れる作品です。
 ただ、これって保険金殺人に対する皮肉にも見えますよね。
 この圧倒的な読後感の悪さは「そこまでして金が欲しいのか考えてみろ」という警告に他ならず、爺さんが保身を考えるあまり婆さんまでいなくなるというのは意味深です。
 猿の手を介して見えるのが、二人の会話だったとすると、
「金が欲しいから息子を殺してしまおう」
「息子を殺したのは悪いことだった。自首しよう」
「婆さんが誰かに話す前に消してしまおう
 という流れなのかもしれません。
 婆さんは来客がいる場所に自ら出向いています。そして爺さんは幾分か冷めていて、それでいて保身に懸命です。
 怪しいですね。
 もっとも、最初ふたつの願い事を言ったのが婆さんだったとすると、婆さんが殺して警察にしょっ引かれるのかもしれませんが。



 ともあれ、この奇妙な話は短く、中々に面白いので、読んでみるといいでしょう。
 黒い話ですが。
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by udongein | 2004-11-30 03:02 | レビュー


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