ゆびさき3cm


 眠気も覚めやらぬ通勤時。
 前日からの疲れが抜けないまま、遅刻ギリギリにセットした目覚ましを止めて、会社へ。
 今の自分を例えるなら、そう…叩かれ続けた犬、とでも言おうか。うつむき加減といい、目に浮かんだ媚といい、なかなか当てはまる例えだと思う。
 駅までは徒歩で行く。
 これは健康のために始めた習慣で、行きに10分、帰りに10分。疲れていても、割と絶望しないで済む適度な距離だ。
 なのだが、正直最近、朝にここを歩いている記憶がない。毎朝思うことは、眠い、眠い、眠い……サボろうか。
 心の中で呟きながら、駅の構内へ。
 朝も昼も夜も吐き気がするくらい人でごった返した構内を、最短距離で進んでいく。俺は遅刻ギリギリなのに、周りの人間は少しも慌てていない。
 あ、そうか。彼らはこの時間でも別に、遅刻しないのか。
 ダメだ、疲れている。
 人に押されるようにして、電車のホームへ進んでいく。
 どの時間に行っても、満員電車。1本ずらそうが、5本早めようが、やっぱり椅子は空いていない。電車で移動する1時間を寝て過ごした、研修時代が懐かしい。
 この移動時間というのは、眠りたいのに眠れず、本を読みたいのに本を開けず、腕を上げたいのに一歩も動けない、地獄の空間。時々、リミッターの外れてしまったおっさんが怒鳴り声を挙げたりするが、実はアレ、少しうらやましい。
 何もいいことのない時間。何もいいことのない場所。仕事という場所を象徴するような、地獄の20分。
 そう、何もいいことなんてn……あれ、前の子、かわいいな。
 あー、ヤバイ。ちょうど首筋の辺りに、俺の顔がある。勘弁してほしい。息がし辛い。口で息をすると変態っぽいし、鼻で息をすると狭いから自然に息が荒くなる。
 勘弁してほしい。
 しかも、雨の日の名物で、制服のシャツが透けている。ヤバイねぇ、年頃のお嬢さんなら、傘くらい差しましょうよ。カバンを抱えた手にちょうど紐が当たって、体裁悪いでしょうに。
 あー、右手もヤバイ。満員だからロクに動かせない右腕の、たった3cm先に女の子のスカートがひらひらしてる。雨の日は蒸すから、なんだか呼吸も荒くなってきている。
 女子高生、雨の日、密着。
 ああ…男はこうして犯罪者になっていくのか……
 ゆっくりと右腕が上下に動き始め――

 ん? ああ、いや、腕が苦しかったんで、カバンを持ち替えようとしただけなんですよ。そんなそんな、とんでもない。鷲づかみなんてするはずがない。事故ですよ、事故。
 いや、違うんですよ。僕の話も聞いてくださいよ。いい加減にしてくれないと、訴えますよ?
 次の駅で降りろ? いやいや、これから会社あるんですよ。見ればわかるでしょう? あなた方も秩序ある法国家の担い手なら、もう少しお互いの立場ってものを尊重しあってですね――アイタタタタタタタタ! ちょ、暴力は止めて。マジで。マジで。






 ※この物語はフィクションです。実在の人物、組織などとは一切関係がありません。
[PR]
by udongein | 2006-09-14 00:30 | 日常


<< …コンチク あーいーうー >>