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「霊ってほんとにおんの?」



 昔、妹が爺ちゃんに聞いたことがあった。
 寺の住職をやっていた爺ちゃんは小さかった妹に厳めしい顔を向けると、怒っているようにしか見えない仏頂面で答えた。
「おう、おるよ」
 妹も、横で聞いていた私もけっこうな怖がりだったから、その一言に震えあがった。時刻はもう夕方で、じきに日も落ちる。そんな話を聞いたばかりでは、日が落ちたら怖くて家まで帰れない。
「じゃあ、もう帰らな」
 私がそう言って立ち上がると、妹もすぐに立ち上がる。無意識に伸ばしてきた妹の手を握り締めて、家へ帰ろうとする。
 と、爺ちゃんはくぐもった声で笑い、幼い私の頭を撫でた。
「今はな、やめとけ」
「でも夜になったらオバケが出るんやろ?」
 私はその手を押しのけるように身を乗り出し、言い募る。私の手を握りしめていた妹も、うんうんと頷いた。
「霊が表われるのは、今の時間……夕方や」
 そう言った爺ちゃんに、夕日の赤い光が当たる。線香の匂いがする爺ちゃんの法衣は光が当たって、薄ぼんやりとかすんで見えた。
「なんでなん?」
「朝日が昇る頃、夕日が沈む頃っちゅうんは、『入れ替わり』や。朝から夜へ、夜から朝へ。この短い時間だけ、色んなもんが曖昧になる。そん時だけ、生きとるもんと死んどるもんの境も、曖昧になるんや」
 そう言って爺ちゃんは、境内の隅の地蔵様を指さした。
「見てみい」
 言われたその場所は夕日に照らされているのに、何故か濃い影が貼りついていた。地蔵様の姿が光と闇のコントラストに邪魔をされ、よく見えない。
 私は怖くなった。
 もっともそれは「そこに何かいるかもしれない」ということへの恐怖だった。影も光も、雰囲気はあってもそれだけだ。
 だが、まだ手を握っていた妹が、びくりと震えた。
「おまえはちょっと見れるみたいやの」
 爺ちゃんが目を細めて言った。妹は瞬きすら忘れて、向こうを見ている。私が見ていた場所より、少しずれたところを。
「まあ、見ようと思って見やんとけ。あんまりいいことやないからな。そういうのもおるってことだけ、覚えとき」
 どこかぎくしゃくした動きで、妹がひとつ頷いた。
 爺ちゃんはにこりともせずに「気をつけて帰れよ」とだけ言って背を向け、私は妹の手を握ったまま家路についた。



 妹が怖がりになった、昔の話。
by udongein | 2004-04-04 16:08 | 戯れ言


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